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鍔(鐔) 読み=ツバ

御来店されるお客様の中で最近は若い世代の方も興味を持たれ、又、海外からも問い合わせが多く寄せられるのが鍔についてです。
「唾液の唾をこ〜して指で付ける真似をして唾付けた!と言う語源は、この鍔からきているんだよ〜。武士が最終的に鍔を新身に装着して己のものにすると言うような意味合いが変換されて唾液つけて喜んでいるんだよ〜」と話しますと「マジで?」と驚かれます。

店頭では割とダークな歴史を小学生相手に話す場面も多く、話し方は極々砕けた雰囲気で事の重大なイメージを柔らかく説明しております。
一部の方からはクレームを頂戴するかもしれませんが、子供から大人まで普通に疑問に思うのが「だって武器だよね?」です。
そうです。その通りです。
ただ武器とする日本刀には精神性を重んじた思想から取り扱いに注意点が生じます。

又、小学生に限らず「ねえ?これで人を斬っているの?」と聞かれる方が大半です。
斬ってます。(当店は主に古刀を専門としております/新刀、新々刀も極稀に入荷有)
戦に挑むのですから、その前に試し斬りが行われるのですよ。と話しますと質問された方の目が輝きますが
「罪人の首をまず斬り落としてね。その胴体を2体重ねるんですよ。試し斬りに使われる胴体は男性に限るらしいですよ。女性を重んじてとか、そんな生温い考えではないと私は思いますね。実際に戦に出るのは男性ですから鍛えられた男性の肉と骨が同時に斬れるかどうかだと思いませんか?それも2体同時にね」と平然とお話をしますと、この店主頭いかれていると言う感じになりますが。実際に日本の歴史は綺麗事では済まされない事柄がたくさんあります。
小学生からも「斬ったの?」と聞かれると「斬ってるよ」と返事をします。すると「すげー。血ついてないじゃん」こうなる訳です。ここからは研ぎのお話になるので「そうだね〜。血ついたまんまだと錆びてボロボロになっちゃうからね〜。研ぐの」と言う言葉に対しての「研ぐ」がわからない子が殆どですので「へ〜。そうなんだ〜」で終了します。

大人でも包丁研ぎのイメージをされておられる方が殆どですけどね。全く異なる作業段階を重ねます。

御刀研師のご紹介ページ←クリックで古美術希ホームページ内が開きます。

研ぎに関しての工程(及び研ぎ教室の御案内)←クリックで古美術希ホームページ内が開きます。

さて、本日のタイトルは鍔です。
鍔の役割は皆さん御存知かと思いますが、相手の刀から自分の手を守ると思われておりますが、それも一理あり。
しかし、実際に剣道や居合をされておられる方、又、古美術商の考えとしては鍔が自分の手が柄から刃の方に滑り手を斬り落とさない為の所謂、滑り止めの役割の方が現実的であります。

鍔迫り合いとの語源も、この鍔と鍔が違いに近距離で当たり接戦を表す言葉をして知られておりますが、これと近い言葉で切羽詰まると言うのも、切羽と言う鍔を挟むように装着してある部分が詰まるイメージ(わからないようでしたら店頭で説明を聞いてください)がございます。
しかし、この両方の言葉は実にロマン溢れた言い回しだと感じております。
武士だからね。武士道だからね〜と、現代の方は武士に夢を見過ぎだと思います。
アニメの影響でしょうね。
実際は生臭い血みどろの戦です。
血肉グッサリの生死を分ける戦いです。
そんな鍔と鍔を重ねている間に横っ腹刺そうと足元蹴飛ばそうとなんでも有りです。
負けたら死ぬのですからね。

ロマンを求めておられる方々には強烈かもしれませんが、現実を考えますと、この現代の出世争いも血こそ流れてませんが凄いではないですか。人間って。。。

 

人間って時には人間という概念を打ち砕くような人間では無くなるではないですか(←何回か読み直して下さい^^;)

そんな話から鍔にたどり着けるのか不安になってきましたが、この鍔の存在は古墳時代まで遡ります。
この時代の鍔は津美波と称されており言葉が詰まって鍔になったと言う説がございます。
鍔の歴史は長く、刀剣同様に流派も様々ございます。

本日はそれぞれの時代を追って御説明申し上げるつもりでおりましたが、先日の漆器の歴史並に長文になりますと各分野からの質問、問い合わせに追われる事になると気がつきましたので、サラリと現在店頭に陳列している鍔の中からコレクター必見の情報に絞り込んで御紹介させて頂きます。

 

写真 1.JPG

どれにしようかな〜?

神様は何にも言わないよ〜。。。

 

で、この三つに絞り込みました。

 

こちらは全て財団法人 日本美術刀剣保存協会の鑑定書付です。

 

奥の与四郎からにします。

*与四郎鍔←クリックで商品ページが開きます(古美術希)完売

 

与四郎鍔、無銘です。

与四郎式真鍮象嵌鍔は平安城式真鍮象嵌鍔の流れを汲み特徴が割と明確です。

(古美術品って漢字ばっかりでヤダ!と仰る方へ/読み方添えます*与四郎式真鍮象嵌鍔(よしろうしきしんちゅうぞうがんつば)専門書を読んでいくうちに慣れます)

 

昔々、小池与四郎直正という鍔を作る人がいました(昔々=秀吉公の時代です)

その方が作る鍔の特徴が薄手の鉄地に丸形で象嵌という技法を用いて唐草や花や家紋を施し、透かしの技法も取り入れ、これを欄間透かしと申しますが、要するに向こうが見える穴のことを透かしと称し古美術品には凡ゆる分野で透かしの技法は見て取れます。

本日は「透かし」という言葉だけでも覚えて頂けましたら充分です。

 

その与四郎さんは秀吉公から称号を「和泉守」とされ、この象嵌(正しくは平象嵌)の技法を用いた鍔を与四郎式と称するようになります。

上記に記載しましたが平安城式の流れから、山城国で制作されていたとされております。

 

ですので、無銘なのに与四郎ってなんだよ?と店頭で文句を申される方、1冊本を買いましょう。

そこから真面目に商談します。

 

次に。。。

右奥の菊花形の鍔。

こちらは当店の顧客さん、並びに店主も誰が持つのかね?と注目の的です。

 

明珍鍔←クリックで商品ページが開きます(古美術希)

 

明珍とは。元々は甲冑師というのは御存知の方も多いはずです。

この明珍派が甲冑師の中では最も全国に広がったともいえるでしょう。

鍛錬された鉄地の味わいがなんとも素晴らしくコレクター必見です。

 

明珍は室町時代から甲冑と鍔を制作するのですが江戸時代になると馬具の制作もされております。

その他にも茶道の釜にかける釻(かん)や火箸も明珍派が多く見られます。

開祖はもっと古く平安時代に紀宗介という方が京都九条で近衛天皇より明珍と号を賜ったとされており明珍の全盛期は室町時代の甲冑と鍔が知られております。

この頃になりますと関東では主に小田原、鎌倉、茨城県、群馬県と分派ができており、更に江戸時代には江戸、姫路、広島、高知、金沢、福井、仙台、弘前と分布。

 

これと並びに室町末期の信家(甲冑師明珍17代)が現在山梨県で武田家に仕えており武士の思想を文字で表現するのも特徴です。

 

この明珍派の特徴はなんと申し上げましても鉄地。

鍛え抜かれた素材は現代でもその凄みを増しているかのような質感が魅力であり技術の詰まった作が殆どです。

 

兎にも角にも渋い。

 

現在、店頭にご用意できる明珍鍔はこちらの鑑定書付のみとなりました。

ご検討ください。

 

続きまして手前の京透かし鍔。

 

*京透し鍔←クリックで商品ページが開きます(古美術希)完売

 

呼び方のままですが山城国で作られた鍔で現在の京都府です。

透かしの御説明は上記で申し上げましたので控えますが、透しの技法が最も古いとされているのは京透し(平安城)です。

流派として捉えてください。

京透し鍔は基本無銘で在銘のものはないとされております。

 

鍛錬された鉄地に精巧な透かしが特徴とされており鍔の厚さはそこまで分厚いものはありません。

京透しの鍔を平安城鍔と称する方もおりますが、こちらは同じ意味合いを持ちますので、そこまで深く考えなくても宜しいかと思います。

古美術品を収集されていかれると自然と覚えますが、この京と平安は共に京都をさしておりますので同意語として捉えて下さい。

 

それでも言い方を振り分けたい方の場合は、京透しよりも僅かに古く、歴史上で申しますと前に作られたものを平安城鍔と表現される方が殆どです。

この辺りは鍔のコレクター以外の方はなんの拘りがあって言っているのか?と思われるかもしれませんが、ほんの僅かな拘りのような部分です。

 

繰り返しますが意味は同じです。

 

足利将軍義教の好みを追求し作られたとされており、繊細且つ優雅雰囲気がございます。

鉄地の鍛えも良く構図も様々なものが見られることから透かし技術の伝統を感じられる逸品です。

 

以上が鑑定書付に拘る方へ是非、ご検討頂きたく当店、おそらく初めてホームページ上にアップしました。

これまで鑑定書付のものはアップした記憶はないのですが、一部のお客様からの問い合わせによりこの度御案内させて頂いております。お早めにご検討ください。

 

続きます。

 

以下は江戸期以降の鍔

写真 2.JPG

 

こちらはそれぞれが実戦向きでは無い代表格のような鍔でしたのでご案内させて頂きます。

 

時代は徳川幕府となり戦に明け暮れていた時代から一変。

 

江戸の街を歩く粋な侍が装備していたであろう、奥に見えるのは七宝焼の鍔。

 

*全面七宝鍔←クリックで商品ページが開きます(古美術希)完売

 

戦国時代の鍔でも一部分に七宝を施すものはございますが全面七宝の鍔は江戸時代ならではの発想でしょう。

全面が七宝ですので戦には適しておりません。

御洒落を競うかのように装備品に贅を尽くしたのも江戸時代の特徴です。

七宝は某有名自動車(外車)のエンブレムが七宝ですが、この技法も根強い人気ですので、またこことは別で述べさせて頂きます。

 

手前の鍔は漆の鍔で木材です。

 

蒔絵家紋入鍔←クリックで商品ページが開きます(古美術希)

 

家紋について調べたところ、

 

柏紋(細抱き柏)大宮司家の家紋に多く見られ神職をされていた家系

 

弓、矢紋(一つ矢)武勇の表像

 

これらの家紋を一つにまとめていることから行事に用いられたのではないかと思われます。

 

当店の家紋辞典には、こちらの鍔に施されている家紋の表記がございませんでしたので、憶測で申し訳ございませんが、神と武という同時の意味合いを込めた鍔としてご案内させて頂きます。

 

大名行列時に身分を表す陣笠同様の技法で作られていることから、こちらは鍔の歴史=鉄だけではなく、七宝や漆によるものも存在するという意味合いで御拝読願います。

 

時代に応じた鍔の歴史。

数多く見ていくと段々と鉄の具合や形状、文様、様式、質感、材質、光沢、などから判断できるようになります。

 

鍔を数多く見る機会はなかなか現代社会ではございませんが、一番は美術館、博物館、そして古美術商、刀剣商を訪れるのが早いかと思います。

 

刀とは異なり、鍔は素手で触ることが可能です。

 

手に取り鍔の細部までご覧いただき、古の侍と同じセンスを感じましたら、是非所有して見てください。

 

少々、嫌らしい話も致しますが、鍔はどの時代も即金になると人気で古美術の歴史、市場を影ながら支えてきた存在です。

 

近年、写しと思われる鍔も出回っているようですが、こちらの見分けは数多くご覧になっておられましたら見分けがつくかと思います。

 

鉄の質感がまず異なります。

 

この辺りは言葉では伝えにくい表現を含みます。

個々人の眼力に頼る他ございません。

 

長くなりますが、開店当初は御年配(当時90代)の御客様が店頭に陳列されている鍔を両方の手のひらで撫でて、撫でて、撫でながら骨董談義をする場面が多く見られました。

「善い人のところへ行けよ〜」とか「こいつの良さが解る人の元へ納まりますよ〜に」とか、そんな願掛けをいつもして頂いておりました。本当に純粋に古美術収集家の姿を間近で見せて頂いていた頃のお話です。

 

鍔は手の油による手入れが適しております。

金銀象嵌のものは好ましくありませんが、本日、御紹介しました上の3点は特に手入れをされますと鉄本来の色が蘇ります。

 

当店に通われていた方々は現在もお元気に過ごされておられる方もおりますが、ご家族から予期せぬご連絡を頂戴したり、ま〜、これも時代ですが、私個人的には、あの世代の方が鍔を手のひらに乗せて戦時中のお話をされたり、生涯、一度は手にしてみたい鍔はなんだ?との談義を交わされていたのが懐かしくも有難い記憶として残っております。

 

武具は武器なんだけど、違うのですよ。

 

と笑顔でお話しをされては、この歳でも物欲があるのと無いのでは生き甲斐が違いますと笑っておられたのも懐かしいと言える時代が到来してしまいました。

 

だいぶ、その頃に教わった事も多く、今はそれらを偽りなく皆さまにお伝えできればと考えております。

 

鍔一つを取っても、時代ごとに様々な人間ドラマがあるものです。

 

現在、日本国内に止まらず海外へ渡る鍔も所有者の元で本来の輝きを取り戻していてくれたらと思います。

 

お気に入りの「鍔」を生涯、お探しになられてみてください。

 

 

 

 

 

 

author:古美術 希, category:古美術品/入荷のお知らせ, 17:16
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