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菅原道真公

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菅原道真公厨子入
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梅の花が開花すると共に、北鎌倉は観光客で賑わい始めております。
梅をこよなく愛した人物として菅原道真公が有名ですが「梅紋」と云えば道真公を祀る天満宮の象徴でもあります。
天神の神紋である梅紋は道真公が詠んだ
「東風(こち)吹かばにほひおこせよ梅の花 あるじなしとて春なわすれそ」
遠く離れた京の春を偲んだのはご存知かと思います。

梅紋には2通りあり
*写実的にデザインされたもの(梅花)こちらが菅原家と天満宮にゆかりのある紋
*抽象的にデフォルメされたもの(梅鉢)加賀百万石の前田家の正紋

こちらが天満宮が使う梅紋です。

 

梅紋は国内で使用する紋としては多い方です。

主に京都や九州地方で多く現在も受け継がれております。

本日は「学問の神」と称される道真のお話の中でも少し砕けた内容をお伝えさせて頂きます。
と、いうのも生まれた年や場所につきましては諸説ございまして各地で様々な言い伝えがされており平成の今も不明とされております。

学問の神と呼ばれる道真公ですが元は貴族であり、言い伝えから想像出来る範囲で記しますと刀は太刀を好み、馬がお好きだったようで馬上で太刀をさし梅の花を好み愛でる人物像と申し上げ想像できましたら遠い昔の平安京の背景を添えてください。

武芸の方は今でいう弓道が得意だったようです。

貴族の姿そのものでございますね。

道真公は、その太刀で、カッパを斬ったというお話がありまして、手を伸ばしてくるカッパの手首を斬ったものが天満宮に保管されているというのも有名なお話でございます。

 

 

日本各地を訪れ、その言い伝えも今も各地で伝わっております。

教養が備わる道真公は思いついた瞬間に和歌や漢詩を詠むようで、それらを書き留める役割の方も大変だったと想像すると面白いかもしれません。

ただ、ここで申し上げたいのは勉学に励む姿だけではなく、京都を訪れると遊女との交流も多くあり道真公の子供とされる人数は大凡23人とされております。

子煩悩でも有名ですが道真公は我が子を亡くした経験もしております。

 

菅原道真公の生涯に渡るストーリーは平安時代から現代にまで受け継がれておりますので詳細は省きます。

大まかに現代の言葉を用いてご説明しますと家柄から若き道真公は官職につきます。

その間、交流を深めた方々が亡くなり宇多天皇が醍醐天皇に譲位すると藤原時平と道真が官奏執奏の特権を握ります。

醍醐天皇の時代も道真は昇進を続け大臣にまで昇進します。

しかし、その頃になると敵視する藤原氏は道真の朝廷が権限と財源を集中させて政権のあり方に不満を漏らすようになります。

すると、どの時代も同じような流れになりますが、当時の貴族も安定した今の生活を望み新たな改革を掲げる道真を倦厭するようになります。

 

やがて道真が右大臣。

時平が左大臣となります。

この頃になると廷臣の妬み&嫉妬もピークを迎えます。

しかし、ここまでは上記に記した道真のイメージ像で保たれております。

 

この後ですが、男の嫉妬ほど怖いものはないと思い知らされるようなドロドロ政権争い&策略が行われ(いつの時代も変わらないですの〜。テレビつけると、この当時のまんま!な日本)道真が仕掛けただとか、道真がこう言っていた!等の落とし込める罠を張り詰めて、宇多天皇と醍醐天皇の対立とも言い伝えられる程の政治的なドロドロストーリー展開の後(こういう場合は必ず死者は出ます。いつの時代も)道真は太宰府で謹慎となります(昌泰の変)

この謹慎の頃にいた浄妙院は当時荒れ果てた状態だったようです。

 

京都を離れる時に読んだ詩が一番初めに記載した梅の詩です。

 

なんとも切なくなりますが享年59歳。

 

道真公の残した思想や文化は受け継がれ、作者不明とされているものの中には道真が作者ではないか?と言われるものも少なくはありません。

 

朝廷と道真公のあり方を読み解く上で見えてくる政治家としての生涯。

天満天神として今も尚、太宰府で皆様を見守り続けております。

 

今年も京都の梅は太宰府まで飛んで言ったことでしょう。

 

近年、受験シーズンの神頼み!というイメージですが、菅原道真公の仏が、ここ鎌倉まで至るには長い年月がかかりましたね。

 

この大きさは武士が戦場に持って言った兜仏とは異なり、常に身近に置き祀る念持仏です。

厨子があることから携帯用として持ち運びも可能となっており、これらが作られたのは江戸時代の中期に入ってからと推測されます。

 

その理由を述べますと、江戸中期頃に「菅原伝授手習艦」という歌舞伎の演目が流行りました。

このストーリー展開は道真が失脚した頃を中心に盛り上がります。

きっと、この当時に歌舞伎をご覧になった方で道真公を祀る人が増えたのではないでしょうか?

 

これまでに当店には厨子入の道真公仏が何度か巡ってきました。

そのどれもが状態良く保たれており、次世代に受け継がれることも共に願ったであろう姿が印象的です。

凛とした佇まいの菅原道真公。

 

今の日本に何を思うのでしょうかね。

author:古美術 希, category:余談, 15:31
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