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漆器の歴史に触れてみます 中編(南北朝時代〜安土桃山時代)

縄文時代〜鎌倉時代

の続きです。

漆器に基づき歴史を振り返るのですが、鎌倉時代の武家政権が根付くと共に鎌倉文化とされる宗教が基を示す思想が急激に深まりを見せます。これにより建築にも様々な変化が見られるようになるのですが、今回は漆を題材に記する事に要点を絞ります。
漆器は下級武士の生活にも用いられ日常使われていたことが絵巻物から当時の生活を伺えます。
この頃は飯碗、汁物椀は共に漆器を用いた生活だったと推測されます。

そして時代は建武の新政(1334年)から南北朝時代を迎える頃には絵画や彫刻ほどの進化は目立って見られないのですが金工を元とする装飾の技術の中に蒔絵(研出)や螺鈿、銀を用いた技法を施した工芸は今に伝わるものが現存しております。

ここからが今回のタイトルに記載した時代

南北朝合一(1392年)〜足利幕府が滅びる(1573年)までを室町時代とします。
応仁の乱が室町時の転機となり美術史には雪舟が登場すると記載するとわかりやすいかもしれませんね。

この時代に、能、花(華道)、茶(茶道)が中国より伝わり漆工芸では蒔絵大和絵図箱や能面などが現在も保存されております。
皆様、大和絵や唐物、唐絵と行った言葉を耳にされたことはあると思いますが、これは、この時代に中国文化が日本に伝わると同時に生まれた呼び方で、鎌倉時代に伝来した禅宗をきっかけに数多くの中国美術工芸品が輸入された頃に「唐物」と称し大変珍しい工芸品として室町時代にも「唐物」という呼び方は引き継がれ、ただ、この頃になりますと、茶道具や水墨画の中には、その中に描かれているものを唐絵、大和絵と称するようになり、主に「唐絵」は輸入された中国画に似たものを称するようになります。

唐物の漆工芸技術は、その当時、沈金、堆朱、ちつ紅、そう金、等と呼び方を変えて日本でも知られる技法として今に至ります。

(この時代の刀剣も面白いですよ。武具にも是非目を向けて見てください)

さて、美術史を語る上で最も重要な時代へと差し掛かります。

安土桃山時代(1574〜1602年)

美術史では総じて桃山時代と称しております。
しかし、今回はわかりやすく戦国時代、天下人、織田信長、豊臣秀吉の政権時代を象徴する呼び方で記載させて頂きます。

この激動の戦国時代に生まれた美術品の数々は世界中の古美術愛好家が注目する絢爛豪華な技術に花が咲いた日本で最も
雅な造形の基盤とも言える古美術品が存在します。

贅(ぜい)この一文字に全てを込めて送ります。

この時代で最も注目されるのは城の建築に変化が見られることが挙げられ、それと同時に障壁画に描かれる天下人御用絵師の存在。

 

狩野永徳は桃山時代を代表する絵師で唐獅子図屏風を描いた人物と申せば、日本人であれば頭に過ぎるのではないでしょうか。

安土桃山時代は南北朝時代さながらの急激な時代の変化を迎え、その影響は美術史が語るには残された文化財を見れば納得が行かれるかと思います。

城郭、殿舎に当時の絵師ができる限りの贅を尽くした筆跡は現代の人も惹きつけ、絵師にも高弟三楽(1559-1635)その長男光信(1561/65−1608)の狩野派による繊細で優美な画風は受け継がれ、永徳の孫探幽(1602-74)は弟尚信(1607-50)、安信(1613-85)は徳川時代の御用絵師と地位を確率して行きます。

 

モチーフも力強いものが多く描かれるようになったのが桃山時代の特徴のように感じます。

その勢いはどこまで続くのか。

当時の人の心情は計り知れないものがありますね。

 

この頃、漆は古来より定着している漆器の生産は継続されておりますが、絢爛豪華な金蒔絵の漆器を使えた方(目にした方)は一般人にはいなかったでしょう。

余談になりますが、まだ、この時代には陶器は存在していても磁器の伝来は、まだ、この後の徳川時代になる頃となります。

 

時代が動き戦乱の時を潜り抜けた時、桃山時代の終わりが見えてきます。

 

中国から伝わった技法を用いて厨子の扉に蒔絵を施すような作風も豪華に作られており、平蒔絵と称する技法はすでにこの時代には定着しております。

 

代表的なものは北政所が夫、秀吉の為に創建した高台寺にある霊屋内陣の須弥壇(しゅみだん)厨子に施されているのは平蒔絵による秋草をモチーフにした華麗な蒔絵が、当時の漆の技法の最高潮かと思われます。

 

又、甲冑(武具)にも所々、漆の技術が見られますのでご覧になる機会がございましたら是非、漆にも注目してみてください。

 

 

 

さて、ほとんど江戸に差し掛かっている部分もありますが、ここからが徳川の時代。

 

 

徳川御用絵師といえば、永徳の孫探幽(1602-74)は弟尚信(1607-50)、安信(1613-85)と、その地位は確実なものとなり狩野派とされる繊細で豪華な技術も受け継がれてきております(この部分は上記重複となり次回の予告として添えさせて頂きます)

 

 

店主、力尽きました。。。

この続きは、今しばらくお待ちください。

 

*(縄文〜鎌倉時代はこちらをクリックしてご覧ください)

 

*(江戸時代〜大正時代はこちらをクリックしてご覧ください)

 

 

*漆器日本地図はこちら←古美術希ホームページが開きます。

author:古美術 希, category:余談, 17:25
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